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色々と写るもの(+RAW現像の話)

カメラの世界は銀塩方式からデジタルに移行して久しくなりました。

銀塩の頃の例えばポジフィルムなどを確認する際には、ライトボックスの上に載せてルーペでと言うのが定番でした。それがデジタルになるとパソコンの画面上で拡大も縮小も思いのままに確認することが出来ます。銀塩写真を大延ばしにするのはそれなりに大変でしたが、デジタルの場合には画面上であればどの部分でも自由に拡大できます。最近は画素数も上がって来て、撮った写真を大変細かい所まで拡大してみても耐えられるようになってきています。

そのようにして今まで撮ってきた写真を見てくると、なんだろうこれ? と思うようなものが写っていたりすることがあります。

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これは石巻のO小学校で撮影したもの。画像中央にぼやけた白く淡い光が写り込んでいます。原因は色々と考えられることは考えられます。レンズの直前を昆虫のようなものが横切ったとか、レンズのゴースト(写真用語の)。しかし、別のカットでも似たようなものが写り込んでいて、そちらは続きのコマに位置を変えながら飛んでいるような感じに写っていたりするので、ゴーストの可能性は低いかな。

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これも同じ小学校での一コマです。赤く丸で囲った部分の中に“クリオネ”のような形をした光が写り込んでいます。これ一枚だと天井のシミとか汚れなどと言われそうですが、同じ個所を写した前のコマでは
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そのようなものは写り込んでいないんです。まぁ、トンボのようなものがレンズの前を横切ったと言えなくもないんですが。

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こちらは同じ小学校の敷地内に地震後に建てられた慰霊碑を遠くから望遠で撮影したもの(の一部)。赤い丸の中に何やら光っているものがあります。

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その部分を強拡大したのがこれ。森の中で光っているように思えます。最初は木洩れ日かなと思ったのですが、後ろは急斜面の山でとても木々の後ろから日が差すなどは有り得ないとわかりました。反射率の高いガラスのようなものに光が反射していると思えなくもないですが、森の暗さと光の光量からするとちょっと考えづらいです。

このO小学校ではこんな感じで色々と不思議なものが写りました。

これは前にホタルの撮影で登場した写真です。
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赤く囲った丸の中に何やら光るものがあります。ここは、夜間にホタルを見に来る人たちの為に、歩道上にところどころLEDランタンが設置してあり、この写真にも写っています。でも丸の中の光はそれらとは明らかに性質が違うようです。しかも、いくつか撮影したカットの中でこの場所にこのような光が写っていたのはこれ一枚だけです。

実はこの赤丸で囲った場所って、墓地なんです

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その部分を強拡大したものです。撮像素子のノイズがちらほら散見されますが、それらとは比べ物にならないほどの大きさです。右側が赤っぽく左側が緑っぽく写っているのは、レンズの倍率色収差という奴です。この写真はRAWで撮影したものをAdobeのLightroomでRAW現像しました。その際、色収差の補正をONにしたのですが、補正しきれていないようですね。でも、色収差が出るという事は、素子のノイズなどではなく、外からレンズに入って来た光だという事の証明にもなります。

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試しにAdobe Photoshop CCでRAW現像してみたものです。同じAdobeのソフトですから、Lightroomとはあまり変わらないですね。同時に保存されているJPEG画像の方はほとんど色収差が見られないので、もしやと思いNikonのView NX2でRAW現像してみました。

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見事に色収差は消えていますが、全体的な色合いが赤っぽくなり、フィルターでぼかしたような感じになっています。RAW現像のソフトによってここまで違いが出るので、RAW現像は良く考えてやらないと…

ちょっと脱線しました。
この光は“ホタル”ではないかと思う人も居るかも知れませんが、ホタルの光は緑色をしていて、このような光とは異なります。しいて原因をこじつけると、遠くを走る車のヘッドライトの灯りが墓石の表面に反射している、ということでしょうか。

以前、天の川のタイムラプス撮影した時に、その中の1コマにくねくね曲がる光の筋が写り込んだことがありました。それはまさしくホタルだった訳なんですが。

さすがにこんな写真が写ることは今では無いですけどね。残念ながら。
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ツタンカーメンと伝説の王妃

先日(18日)にTBSで表記の番組をやっていたので見てしまいました。
見ていて一言書きたくなってきたのでこれを書いています。

番組で言っていたのは、ツタンカーメンの黄金のマスクは元々ネフェルティティの為に作られたものを流用したものである、という事です。その証拠として示されたのは、黄金のマスクに描かれているツタンカーメンの王名を示すカルトゥーシュの部分が、元々描いてあった名前を削ってその上に描かれているというもの。

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それがこれだそうです。緑の線が現在のツタンカーメンの名前を示す部分で、赤い線が元々書いてあったものの消し残り。黄色の線は「多分こうじゃないかな?」という推測の部分です。これはエジプト考古学者のニコラス・リーヴス氏が発表したものです。「おいおい推測の部分ばっかりじゃんかよ」と思う人は目の付け所が良いです。テレビが言う事だからと鵜呑みにするとひどい目にあいますからね。しかしこれには一応根拠があります。

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これはツタンカーメンの王墓の発見者、ハワード・カーターのリポートにある、ツタンカーメンの墳墓に納められていた木箱に描かれているカルトゥーシュの一覧です。ここで重要なのが
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この部分です。さっきのリーヴス氏の推測と同じものです。私は恐らく彼の推測は間違っていないのではないかと思います。番組ではこれを「ネフェル・ネフェルウ・アテンと書いてある」と説明していましたが、どこにもそんなことは書いていません。エジプト考古学者はここに書いてあるヒエログリフを「Ankhkheperure Mery-Neferkheperre」などと書き表します。なんだかわかりませんよね。「アンク・ケペルゥ・ラー メリィ・ネフェル・ケペル・ラー」なんて発音します(ラーはレーとも発音する)。ここで大事なのは「アンク・ケぺルゥ・ラー」のところで、これが木箱の主の名前です。ネブ・ケペルゥ・ラー(ツタンカーメン)とは書いていないんですね。

でもって、番組ではこのアンク・ケぺルゥ・ラーをツタンカーメンの前王と言われるスメンクカーラーであると断定していました。更にはスメンクカーラーはアクエンアテン(アケナテン)の妃であるネフェルティティであるとも断定していました。おいおいちょっと待ってくれ、それはリーヴス氏の言っている説だけど学会のコンセンサスは得られていないだろう・・・。

エジプトのファラオは同時にいくつもの名前を持っていますが、確かにスメンクカーラーもアンク・ケぺルゥ・ラーと名乗っていることは確かです。ただ、スメンクカーラーは謎の多いファラオで、メリィ・ネフェル・ケペル・ラーというエピセット(形容辞)を付けている例は無いようです。そこで出てくるのが先ほどTBSの解説で出て来た「ネフェル・ネフェルウ・アテン」です。木箱の王名の中にも登場しています。
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なので、TBSで言っていたのもあながち嘘ではないのですが、ちゃんと説明しなきゃダメでしょ。

つまり、ツタンカーメンの黄金のマスクに書かれていたであろう「アンク・ケペルゥ・ラー」とは「ネフェル・ネフェルウ・アテン」と考えて恐らく間違いではないような気はします。ネフェル・ネフェルウ・アテンは他の出土品に書かれていたエピセットから女性であることが判明しています。スメンクカーラーは男であると考えられていますし、ネフェル・ネフェルウ・アテン=ネフェルティティというのも一部の学者が唱えている学説に過ぎません。他の説として、ネフェル・ネフェルウ・アテン=メリト・アテン(スメンクカーラーの妃)と言う説があります。先ほどの王名リストに登場する
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このカルトゥーシュに囲まれた名前がそうです。ネフェル・ネフェルウ・アテンという名前はネフェルティティも使っていましたのでリーヴス氏はネフェル・ネフェルウ・アテン=ネフェルティティと考えたのでしょうけど、このメリト・アテンの部分はどう説明されているんでしょうかね?

再現ドラマの方もクッサイ演技で失笑もの。壁の奥に空洞がありそうだという調査結果のところだけが面白かっただけでした。奥に行けたらどんな世界が姿を現すのでしょうか。リーヴス氏の言うようにネフェルティティの埋葬品が出て来た日には潔くケチを付けたことを謝罪します。
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弥生美術館に行ってきた

先日、東京に仕事で出たついでに、文京区の弥生美術館に行ってきました。

いえ、普段はそんな所に行くような夜行虫ではないのですが、現在弥生美術館では「陸奥A子×少女ふろく展~DOKIDOKI『りぼん』おとめチック❤ワールド!~」という展覧会をやっているのです。陸奥A子ファンとしては行かねばなるまいて。

陸奥A子は70年代~80年代の「りぼん」の看板作家でした。デビュー作は1972年の「獅子座生まれのあなたさま」という作品でした。デビュー前にもコンクールなどに応募していたそうなんですが、マーガレット(?)だかに応募したのは落選して、りぼんに応募したのは佳作だかに入選したそうで、それ以来りぼん一筋なんだそうです(最近は別)。

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デビュー作の「獅子座生まれのあなたさま」ですが、全盛期のタッチとはまるで違うんですね。

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クラスの女子が持っていたのを見せてもらって、私の頭の中で何かが弾けた「おしゃべりな瞳」。いわゆる少女漫画の私の持っていたイメージが根底から覆された瞬間でした。少女漫画って言うと、外国のお姫様みたいな主人公が、男だか女だか良く判らない目がキラキラした派手な奴と恋仲になるなんてのが相場だったのですけど、陸奥A子の作品は普通に居る男子・女子をそのまま描いたものなんですね。

美術館の会場では、過去の作品の原画が豊富に展示されていました。弥生美術館の1Fと2Fが展覧会の会場となっています。入場料(弥生美術館・竹久夢二美術館共通)は900円とちょっとお高め。

1Fでは、陸奥A子グッズの販売も。私はクリアファイルを2つほど買ってしまいました。
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「きのうみた夢」の雛ちゃんと日産(ひうぶ)君。陸奥A子の作品には車関係の名前が良く出て来ます。芹香(セリカ)さんとか、豊田高校とか…。りぼん1980年5月号掲載だそうです。陸奥A子の作品はスクリーントーンをほとんど使っていません。服の模様なんかも全部手書きで描いてました。色付けは水彩絵の具でやっているようです。

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「こんぺい荘のフランソワ」だと思うんですが、この絵自体は初見です。後から出た作品集かなんかに入っているのかな?鏡の中の世界のようで、文字が裏返しです。

漫画雑誌の付録もたくさん展示されていました。なんでも昔は輸送するのに重さの制限が厳しくて、付録は紙製であることが必須だった時代があったそうな。

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これは比較的最近の作品です。「りぼん」の頃の少年・少女が大人になった世界、というイメージなんだそうです。以前の純愛物から、離婚とか再婚とかを扱った作品も多くなり、私はちょっとのめり込めていない感じです。

展覧会は12月25日(金)まで。
http://www.yayoi-yumeji-museum.jp/yayoi/exhibition/now.html
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よし、梅酒を作ろう

先日スーパーで買い物をしていてふと目にとまったのが梅の実。

それを見ていたらなんだか梅酒が作りたくなってしまいました。
その時は買わずに帰ってきましたが、改めて梅酒づくりに必要な材料・器具一式を買いに出かけました。

梅酒の作り方は、こことかここを参考にさせて頂きました。

材料ですが、まずは梅の実です。
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筑波山には梅園がありますし、梅の実も地元産?と思いきや思いっきり福岡県産じゃないですか。この袋で1kgの量が入っています。¥1,180なり。

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ホワイトリカー。無色透明の蒸留酒です。匂いとかもほとんどなし。容量は1.8Lですが、1kgの梅にはこれ全部を使うとちょうど良いらしいです。¥1,415なり。

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氷砂糖。上記の梅の量ですと、だいたい500g~1kg程度が適量だそうです。今回は少し甘さを抑え気味に500gを使う事にしました。¥348なり。

そして梅酒を漬けると言えば
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定番のこれ。4Lものなんで、1kgの梅を漬けるにはちょうど良い大きさです。¥615なり。

しめて¥3,558。

さて、まずは貯蔵瓶を洗剤で良く洗います。上の作り方のリンク先には「熱湯で消毒します」と書いてあるのですが、私が買ってきた瓶の説明書を見ると「耐熱ガラスではないので熱湯を入れない事」という記載が。割れたら嫌なので洗剤で良く洗って乾かすだけにしました。

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梅を良く水洗いします。水洗いしたら良く拭いてヘタの部分を1個1個取り除きます。

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梅の実を1層敷き詰めたら氷砂糖を入れ、その上にまた梅の実を入れの繰り返しで入れて行きます。

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最後にホワイトリカーをドバっと入れて蓋をして終わり。

暗くて温度が一定の場所で保存との事ですが、まあ暗い場所と言うのは色々あるのですが、温度が一定の場所と言うのがなかなか思い浮かびません。どこも夏はすごく暑くなりそうで。色々考えては見ましたが、結局はキッチンシンクの下の収納へ。

熟成するには1年くらいかかるそうですが、それまで我慢できるかな?
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とあるマシンのP2V

このブログではあまりIT関係の話題は書かないようにしているのですが、当方は他サイトの情報にはいつも助けてもらっていたりします。大した情報ではないのですが、どこかの役に立つこともあるかも知れないと思い、また自分の備忘録として書く事にしました。まぁ本当の理由はネタが無いって事なんですけどね。

とある所から、昔動いていたLinuxサーバーをそのまま新しいマシンで動かせないだろうかと言う相談を貰いました。そのマシンはある処理をするための専用機のようなもので、中身の機能はそのまま新しい環境で動かしたいという事でした。その場合

1. 新しいマシンのHDDにLinuxの領域を設けて新しいOSをインストールし、その後必要な処理環境を再インストール
2. 仮想マシンを使用してゲストOSとして古いLinuxをそのまま移行

という方法が考えられると思います。移行する環境はノートPCで、OSとしてRed Hat Enterprise Linux (RHEL)のversion 3というかなり古いものが動いていました。そのため、内蔵HDDはSATAではなくIDEのものが使われていました。なので、単純に1.の方法をやろうとして、新しいSATAのHDDに丸ごとコピーしてもドライブ名とかが異なるので動かないでしょう。grubを修正したりinitrdを再作成すれば動くかもしれませんが、できればコピーしてそのまま動かせた方が労力が少なくて良い、ということで今回は2の方法を採用する事にしました。

仮想環境として何を使うかですが、慣れているという単純な理由でOracle VirtualBoxを選択。まずは、コピーを入れるための仮想マシンを作成するところから始めます。VirtualBoxマネージャーを起動して、「新規」ボタンをクリックします。

仮想マシンの作成
元の環境の通り、タイプはLinux、バージョンはRed Hat 32bitを選択しました。名前の部分は実施したものそのまま出すと色々とマズイかもしれないので修正しています。「次へ」でメモリーサイズの指定に移ります。

メモリーサイズ
ここでは元のノートPCが積んでいたメモリーと同じサイズで2GBを指定しました。

「次へ」にてハードドライブの作成画面に移行します。
ハードドライブ
色々と細かい設定が必要なので、取りあえずここでは「仮想ハードドライブを追加しない」を選択します。ハードドライブは後からでも追加可能です。ここでハードドライブを作成しないとOSをインストールできない云々の警告メッセージが出ますが、無視して構いません。

ここまででVirtualBoxマネージャの仮想マシン一覧に新しく作成したマシンが表示される筈です。それを選択して「設定」ボタンをクリックします。

設定
これが設定画面です。左側の項目から「ストレージ」を選択します。

ストレージ1
コントローラIDEに空のCDが付いていて、コントローラSATAには何も繋がっていない状態です(下の方の変なメッセージは無視して下さい)。

コピー元のノートPCでは、CD-ROMがIDEプライマリマスタになっていて、内蔵HDDがセカンダリマスタとして繋がっていました。この辺はLinux上のHDDのデバイス名に直結してきますので、なるべく修正作業を少なくするために、Physicalな環境はそのまま再現する事にします。ということで、まずはIDEに繋がっているCD-ROMをプライマリマスタに変更します。
ストレージ2

そして仮想ハードドライブを作成します。コピー元PCと同じくIDEディスクを作成したいので、「コントローラ:IDE」の所をクリックして右横に出る2つのアイコンの右側の+をクリックすると以下のような質問をしてきます。
ストレージ3
ここでは「新規ディスクの作成」を選択して、新しく領域を確保する事にします。

VDI.png
作成するハードドライブの形式をどうするか聞かれます。一番上のVDI形式で良いと思います。

可変固定
仮想ハードドライブのファイルサイズを使った分だけ確保(可変)にするか、最初から全部の容量をアサインするか(固定)を聞かれます。可変の方は使った分だけしか領域は取りませんが、アクセスが遅い。固定はその逆なので必要に応じて選択すればよし。とりあえず今回は可変で行く事にしました。

ハードディスク4
ファイルの置き場と名前、サイズを聞いてきます。元のHDDは80GB程度でしたが、ここでは250GBを確保する事にしました。ここで「作成」ボタンをクリックすると仮想ハードドライブが作成されます。

IDEコントローラの下に新しく仮想ハードドライブが追加されていると思います。
ハードディスク5
移行元PCの環境と同じにするため、新しく作成した仮想ハードドライブをクリックして選択し、「属性」の所でセカンダリマスタとして接続するように変更しました。

さてこれで一応仮想マシンの受け入れ態勢が整いました。移行元PCのディスクの内容を、今作成した仮想ディスクにコピーすれば、うまく行けばそのまま起動してくれる筈です。でもってコピーをする方法なのですが、

1. ハードディスクコピーツールを使う
2. 別の仮想OS(Linux)で移行元HDDから新規に作成した仮想ハードドライブにコピー

などの方法があると思います。丸ごとコピー(クローン)してしまう方が簡単で良いと思うので、EaseUS Todo Backupというフリーのツールを使用する事にしました。私の使用しているのは6.1というバージョンでしたので、最近はもっとバージョンが上がっているかも知れません。それにフリー版ではなく商用版では、確かVirtualBoxの仮想HDDの形式で出力できたような事をどこかで見ました。ま、フリー版でも同じことはできますので問題はありません。

まず、EaseUS Todo BackupをCDから起動できるようにブータブルディスクの作成を行います。これはEaseUS Todo Backupの「ツール」の中にあります。それが終わったら、移行元のPCの内蔵ディスクを取り出して、USBで接続するためのアダプターに装着し、VirtualBoxが動いているマシンに繋ぎます。HDDが認識され使用できる状態になったら、VirtualBoxのマネージャ画面から新しく作った仮想マシンを選択して「起動」をクリックします。すると
oracle画面
こういうオープニング画面が出て来ますので、一度画面内で左ボタンクリックをしてマウスを仮想OSの制御下に移し、F12キーを押してブートメニューを表示させます(マウスカーソルをゲストOSから解放するには右側のCtrlキーを押します)。

bootselection.png
この画面になったら、上にあるVirtualBoxの機能メニューの中から「デバイス」をクリックし、プルダウンメニューの中から「CD/DVDデバイス」にカーソルを当て、ブレイクダウンしたメニューの中から「ホストドライブE:」選択します。
ホストドライブ
(ドライブ名は環境によって違うかも知れません)

もう一度「デバイス」メニューをクリックして、今度はUSBデバイスにカーソルを合わせます。
USBデバイス
出て来たUSBデバイスの中から、USBで繋いだコピー元PCの内蔵ディスクが繋がっているデバイスを選択します。これで、このUSBデバイスが仮想OSの制御下に置かれます(VirtualBoxのUSBデバイスがインストールされるので、使用できるようになるまで少し時間がかかると思います)。

これでコピーする準備が整ったので、CDドライブにEaseUS Todo Backupのブータブルディスクを挿入してCキーを押して起動します。

起動
こんな風にブートメニューが表示されると思いますので、一番上のEaseUS Todo Backupを選択します。
うまく起動すれば
todobackup1.png
このような画面になると思います。ここで「Clone」を選択して、クローン画面に移行します。

todobackup2.png
丸ごとコピーをするので「Disk clone」を選択します。
clone.png
上半分がコピー元の指定ですので、移行元PCに入っていた内蔵ディスクを指定します。
下半分はコピー先の指定なので、新しく作った仮想ハードドライブを指定します。何もパーティションが作成されていない部分です。

間違っていないか良く確認して「Next」でコピーを開始します。

コピー画面
最初のうちは残り時間の表示はどんどん増えて行きます。あてにしないように。

コピーが終了したら、×ボタンを何回か押してEaseUS Todo Backupを終了させます。仮想マシンのウィンドウも×ボタンで「電源オフ」にします。CDドライブからブートCDを抜き取り、改めてVirtualBoxマネージャから起動をかけます。

grub.png
当方のコピー元はGRUBが起動するようになっていましたので、このようにLinux GRUBの画面が無事表示されてきました。

一応、ブートデバイスは変更無しで行くように今まで設定してきたので、そのまま起動しても立ち上がる筈・・・

hdu.png
とりあえず無事kernelは起動できたようです。繋がっているハードウェアが色々違うので、設定を削除したり追加したりの確認がされます。すべて削除(追加)で問題ありませんでした。

login.png
無事ログイン画面が表示されました。ログインも問題無く行えて、元々のソフトウェア環境もほぼそのままで利用できました。

今回、250GBのディスクを切っているのですが、コピー元のディスクは80GBしかなく、それをクローンでコピーしたため、余った部分が使用できない状態になっています。当方の場合はすでに4つのパーティションが切ってあったので、新たにパーティションを作成する事が出来ませんでした。そこで他のLinuxの仮想環境でこの仮想ディスクを使用できるようにして、そこで新たに最終パーティションを容量一杯まで確保したのち、再度そのパーティションだけオリジナルHDDからコピーしてきました。


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プロフィール

夜行虫

Author:夜行虫
夜行虫とは天体撮影等、夜に出歩くのが多いことから名づけました。夜光虫の誤変換ではありません。海に潜ったり温泉浸かったりも趣味です。

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