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紙の地図は時代遅れ?

最近はGoogle Earth(Google Map)や電子国土、カーナビの電子地図などが地図閲覧の主体となり、めっきり紙の地図を使う機会が減ってきた。こんなご時世のせいか、国土地理院の5万分の1地形図、1万分の1地形図の更新が一昨年あたりから終了したようだ。確かに、5万分の1地形図は言うに及ばず、カーナビや携帯で地図が閲覧できる今は、都市部のみしか発行されていない1万分の1地形図はもはや時代遅れなのかもしれない。紙の地図を発行するとなればある程度の部数は印刷せざるを得ない。しかし、修正が頻繁な都市部の地図はその度に回収、廃棄が繰り返される。一部のマニアを除いてわざわざ古い地図を買い求める人はいないだろう。

私は鉄塔を見に行く時はカシミールで印刷した地形図と一緒にかならず5万分の1地形図を持って行く。なぜ2万5千分の1ではないかと言うと、1枚の範囲が狭すぎて必要な地図の枚数が増えてしまうからだ。混みいった箇所でない限り送電線の記号もちゃんと記載されている。もちろん街中であればインターネットで地図も見れるのだが、地方の幹線ルートは山の中なことが多く、まだまだ紙の地図の利点は多い。なので、5万分の1地形図の更新停止には結構悲しい思いをしているのである。

ところで、Google Earthで外国の好きなところでも拡大して閲覧できる現在でも、国外に地図の持ち出しを禁じている国は多い。お隣韓国は5万分の1以上の縮尺のものは国外に持ち出せないらしい。中国にいたっては一般の人が地形図を買うことすらできない。もちろん道路地図のようなものは売られていて、外国人も買うことができるのだが。以前、仕事で中国に出張した時の事だが、中国人が用意してくれている現場の地図の座標値がGPSで測定した座標と全く違っていた。恐らく4,5kmはずれていたと記憶している。測地系の違い(確か北京系とかいう座標系で、回転楕円体はクラソフスキーを使っていた)なのかと思っていたら、後で中国人の技術者が教えてくれたところによると「わざとずらしている」という事だった。基準点の座標値は「国家機密」なのだそうだ。四川省の地震で断層の調査に行った人達も、外国人という事で測量はやらせてもらえなかったと聞いている。ネットで地図を自由に見られる時代になって最近では規制も緩和されているかと思いきや逆に取り締まりが強化されているらしい。
http://j.peopledaily.com.cn/94475/6616680.html
http://sankei.jp.msn.com/world/china/100727/chn1007271700007-n1.htm
一歩間違えば私もGPSなんか出していたのを公安に見つかれば連行されていたかも知れない。
民主党・仙谷のアホあたりがこういうのを真似して、日本も地理情報の公開規制をなどと言い出さないことを願う。
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茨城県電気供給事業発祥の地

冬は鉄塔調査に向いている季節なのですが(積雪地帯を除く)、日が短いのが難点です。
日曜日もちょっとのんびりし過ぎてかなり遅い出発だったので、目的地に着くころには日が暮れてしまいました。

さて、水戸の中心部に近い水府橋のたもとに、東京電力水戸制御所という小さな変電所があります。実はここが「茨城県電気供給事業発祥の地」なのです。

明治38年に前島平と言う人が、茨城電気株式会社を立ち上げました。その会社の火力発電所がこの変電所の場所にあったそうです。もともと彼は常陸太田の里川に水力発電所を建設中だったのですが、それを日立鉱山に売却することになり、その資金で水戸に火力発電所を建設したそうです。実際に電気を供給開始したのは明治40年8月10日だそうで、それを記念する石碑が設けられています。
DSC_3701.jpg

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上の写真の発電機の説明を見ますと、米国ウェスチングハウス社製の発電機が導入されたと書かれていますね。
日本の商用電源の周波数は、東日本が50Hzで西日本が60Hzです。その理由は、東日本はドイツから、西日本は米国からそれぞれ発電機を輸入したからだという事になっていますが、実は明治から大正時代と言うのは電力会社が乱立していた時代で、各社が勝手に50Hzや60Hzの発電機を導入していた時代なのです。東京電力の母体となった東京電灯という会社の系列は50Hzが用いられていました。しかし茨城電気は東京電灯の系列ではかったため、かなり長い間60Hzで発電をしていたようです。茨城電気はその後合併を繰り返し、茨城電力、東部電力、大日本電力と変遷していきますが、大日本電力が昭和14年頃に50Hzに統一するまでその傘下の茨城県北部は60Hzの地域になっていたようです。

DSC_3705.jpg
日が暮れて真っ暗になってしまいました。
この変電所には66kVの送電線が2路線接続しています。北見線と水戸南町線です。北見線は西水戸変電所からやってきますが、昔は恐らく西水戸変電所は経由せず、そのまま今の水戸線として下館に行っていたと思われます。写真左の4回線鉄塔が北見線37号鉄塔で、上段が北見線になり、ここで1回線の水府線が右に分岐しています。下段が水戸南町線です。水戸南町線は西水戸変電所から那珂湊へ至る湊線から分岐してきます。一番右の鉄塔は高圧配電線が那珂川の上を渡るためのものです。

DSC_3694.jpg
那珂川をまたぐ北見線

このあたりは小さな送電線があちこちに分岐していて、スパゲティ状になっています。近いうちにもう一度来る必要がありそうです。今度はもっと早い時間で。

帰りはお約束の温泉ですが、今回は2年ぶり位にホロルの湯に行ってきました。なんか雰囲気が違うなと思ったら、暗くなって来たのは初めてのせいでした。すごい人で露天風呂は夏のプール状態。5時以降は500円ですからねー。露天風呂は御前山の四季彩館を一回り大きくしたような感じ。温度も丁度良くリラックスできました。
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頼りにならない日本国政府

菅首相が、朝鮮半島有事の際、邦人救出のための自衛隊派遣について検討するというようなことを言ったらしい。仮免許の総理大臣にしては珍しくまともな事を言ったものだと思っていたら、

・恐らく深く考えた話ではないだろう(韓国政府高官)
・これはひどい。自衛隊を派遣すれば、戦争に突入するかもしれない(福島瑞穂)
・相手があり、歴史的な経緯があることなので、簡単な話ではない(仙谷由人)

等と散々コケにされているみたいだ。

しかし、日本国は邦人救出を目的に過去2回も自衛隊機を派遣している。カンボジアとインドネシアだ。実際は現地入りすることは無く隣国で待機していただけだったが。カンボジアもインドネシアも戦争と言うよりは内紛であった。なので、民間エアラインもそれほど混乱なく、民間機で多くの人が脱出していた。私の同僚もその時インドネシアに出張していて、政府チャーターの民間機でインドネシアを離れた。日本にいたその彼の上司はそんな有事の際もゴルフに興じていたそうだが…。しかし、1985年のイラン・イラク戦争はそうではなかった。イラン政府は上空を通過する航空機は警告なく撃墜することを宣言した。日本政府は当時まだ国営航空だった日本航空に邦人救出のためのチャーター機を飛ばすことを要請したが、帰路の安全が確保できないとして拒否されている。国営企業でもこのありさまなのだから、いざ朝鮮半島有事の際には民間航空会社には期待しない方が良いだろう。余談であるが、ある商社の人に聞いたのだが、政情不安定な国で暮らす邦人の間では「なにかあったら米国大使館か米軍基地に逃げ込めば何とかしてもらえる」というのが暗黙の了解事項なんだそうだ。

韓国は世界最大の反日国家である。有事の際にのこのこ自衛隊機が韓国国内に入り込めば、戦争当事国でなくともどさくさに紛れて撃墜される可能性だってある。福島瑞穂の言う事は、韓国と言う国に限定すればあながち間違ってもいないのかも知れない。しかし、邦人の生命を守るのは日本政府の義務である。邦人の生命より過去の歴史を重視するような人達に政府の要職に就く資格は無い。

実際には、韓国の空港に飛行機が離着陸するのは難しいかもしれない。米軍が確保している米軍基地への乗り入れも検討しなければならないかもしれない。

第2次大戦終戦時に旧満州に残された日本人の多くが大変な境遇に置かれた。しかし、朝鮮半島に残された日本人はそれ以上に残酷な仕打ちを受けている。
http://resistance333.web.fc2.com/html/japan_korea_merger2.htm#3

有事の際に朝鮮半島に日本人を残してきてはいけないのである。
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彗星に嫌われた男

どうも私はハートレー彗星に嫌われているようです(笑)

ハートレー彗星は10月下旬に地球に最接近しました。その頃私はスタンプラリーで東北を周るのが忙しくて、ほとんど構っている暇がありませんでした。11月になって2度ほど撮影に赴いたのですが、

・日没時は快晴
・ハートレー彗星が昇る直前に曇る(ガスる)
・あきらめて寝る
・翌朝はピーカン

という全くもっておちょくられた状況でした。
先週末は新月直前なので出かけるつもりでしたが、土曜日には野暮用が入り、日曜の晩に撮影に行ってきました。
ハートレー彗星はおおいぬ座にいました。地平線から顔を出すのは21時過ぎ。撮影システムのテストを兼ねてオリオン星雲(M42)を撮影してみました。

M42.jpg

冷却CCDの冷却も順調に終り、やがてハートレー彗星が林の木々の上に顔を出そうかと言う時になって、西の方から雲が進んできます。悪夢の再現か…

やがて雲は上空のかなりの面積を占めるようになりました。ハートレー彗星の方向も雲が覆っています。泣きたいような気持ちになりながら雲が消えないかと待っていると、徐々に雲が薄くなり始めました。しかし、雲と言うより薄いガスのような靄が上空を覆ってしまいました。そんな状況で何とか撮影したのが下の写真です。

103P.jpg

残念ながら最盛期を過ぎてずいぶん小さくなり暗くなってしまいましたが、何とか3連敗は免れました。

池谷・村上彗星にも望遠鏡を向けてみました。画像処理をこれからしてみますが、写っていると嬉しいです。

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実写版ヤマトを観る

実写版の宇宙戦艦ヤマトを観てきました。
正式なタイトルは SPACE BATTLE SHIP ヤマトなんだそうですが。

特段ヤマトに思い入れがあるわけではありませんが、興味半分、期待半分で観に行きました。

日本の宇宙ものSF実写版は見てはいけないという経験則があります。

結論から言うと今回もこのジンクスは破れなかったと私は思います。

以下はネタバレなんで、続きは以下のリンクにて。

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夜行虫

Author:夜行虫
夜行虫とは天体撮影等、夜に出歩くのが多いことから名づけました。夜光虫の誤変換ではありません。海に潜ったり温泉浸かったりも趣味です。

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