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歴史ある送電線路を巡る旅(2) 大洗線

前回の続きに入る前に、ちょっとおさらいです。

下の地図は、国土地理院発行の1/5万地形図「日立」(明治39年測量昭和5年第2回修正測量)より、中里水力発電所と町屋変電所の部分を抜粋し、発変電所や送電線の位置を示したものです。
hitatimap.gif
このように里川沿いには2本の送電線が並行して存在していたようですが、現在は西側の送電線に該当するものは現存しません。東側の送電線はほぼ現在の常陸太田線に沿ったルートを取っています。「電子国土」(http://cyberjapan.jp/)から当該地域を抜粋した現在の地図を以下に示します(この地図に文字などを書き入れるのは禁止されているようなので、わかり辛いですがご容赦ください)。
hitatimap2.png

さて、話は茨城変電所から始まります。

この話の当時茨城変電所は存在しませんでした。推測ですが、猪苗代方面の電力を茨城県内に受け入れるために戦時中に「茨城線」が建設され、その変電施設(開閉所?)として建設されたのではないでしょうか。茨城変電所に入ってくる(潮流的に)路線は154kVの西茨線、茨城線、66kVの青柳線、常磐線、常北線です。一方出ていく方は、154kV村松線、66kVの大洗線、勝田線、常陸大宮線、孫目線になります。

CIMG0451.jpg
これは変電所東側に出入りする送電線です。左より大洗線、青柳線(勝田線を併架)、村松線(孫目線を併架)、常磐線、手前の茶色い鉄塔(訓練鉄塔)に重なって写っている城北線です。写野外の右側に常陸大宮線の1号鉄塔があります。

DSC_0034.jpg
上の写真は変電所西側の様子。手前の鉄塔は茨城線、奥の2つの鉄塔はいずれも西茨線です。余談ですが、茨城線の1号鉄塔は栃木県にある片岡開閉所で、猪苗代新幹線から分岐する形になっていますが、その部分のジャンパー線が外されていて、実際は繋がっていません。実際に電力を供給しているのは那珂変電所のようです。
茨城線
↑ジャンパー線の外された茨城線

現在、西茨線は架空線の取り換え工事?をやっていました。
DSC_4160.jpg

DSC_4171.jpg
写真で見る方がハラハラします。

CIMG0443.jpg
大洗線はずっと青柳線と並行しています。左側が大洗線です。巨大な紅白鉄塔は常陸那珂火力線ですが、茨城変電所には繋がっていません(途中まで茨城線を併架してきます)。一番右に頭が見えているのは村松線です。

DSC_4203.jpg
大洗線15号鉄塔の付近で、大洗線と青柳線は西茨線から分岐した154kV菅谷線と交差します。

残念ながら大洗線では常陸太田線や久慈線で見られた旧式鉄塔は残存していないようです。
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昭和44年3月建設を知らせる15号鉄塔の番号札です。

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大洗線はひたちなか市青柳にある卸売市場の所で湊線に併架されます。左から来て高い鉄塔(湊線32号鉄塔)に繋がっているのが大洗線、奥からまっすぐ手前に延びてくるのが青柳線です。この場所では3本の鉄塔が林立して送電線の分岐集合でごちゃごちゃになっています。
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北西(左奥)から来る北見線と北(奥)から来る大洗線は何も分岐せずそれぞれ南(左手前)と南東(右)にほぼ直角に曲がり、北見線に併架されてくる湊線は北に青柳線、南に水戸南町線を分岐し、大洗線を併架して南東方向に抜けます(と書いても訳解らないでしょうね)。

このあたり、昔はどうなっていたでしょう。

以下の地図は国土地理院発行の1/5万地形図「水戸」(明治36年測量昭和15年第2回修正測量)の該当部分です。
mitomap.gif
今ほど複雑な分岐はしていませんが、やはり分岐はしているようです。この分岐から南に至る北見線(と水戸南町線)が昔も水戸の変電所に繋がっていたと想像されます。また、西に向かう路線は当時の笠間電気に供給するためのものだったと思われます。現在は北見線~水戸線~筑館線がその末裔と思われます。

参考までに現在の地図は
mitomap2.png
出典は前出と同じく「電子国土」(http://cyberjapan.jp/)

次回からは、笠間方面に足を延ばしてみます。

(つづく)
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歴史ある送電線路を巡る旅(1) 常陸太田線~常陸大宮線

以前、茨城県における電気事業発祥の記事を書きました。本シリーズは、その頃~昭和初期に初めて建設されたと思われる歴史ある送電線を辿ることにします。

電気事業として茨城電気が水戸に瓦斯力発電所を建設して営業を開始したのが明治40年でした。それ以前から前島らは、常陸太田の里川流域に水力発電所を建設していました。ちょうどその頃に日立鉱山で大量の電力が必要となり、完成前の水力発電所を茨城電気から買い取りました。その後、水戸の発電所の電力だけでは賄いきれなくなり、再び茨城電気が完成した水力発電所を買い戻しました。

里川流域で最も早く運用開始したのが中里発電所です、明治40年3月とのことです。続いて町屋発電所が明治42年に建設されました。それを茨城電気が再び買い戻したのが明治44年10月28日だそうです。ここから水戸まで25,000Vで送電していたらしいのですが、現在でもほぼ同じルートで送電線が通っています。残念ながら当時の送電線からは建て替えが行われていますが、それでもかなりの年月を経た鉄塔がいくつも残っています。

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これが現在の中里発電所です。日立市の東河内町にあります。つい最近建屋が建て直されたようです。有効落差は36m、出力は700kWだそうです。

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発電所を出た送電線(1回線)は大子線48号鉄塔に連系します。

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更に大子線47号鉄塔で1回線の常陸太田線が分岐して南に向かいます。山の上の鉄塔が常陸太田線1号鉄塔です。以後、この送電線を追跡しています。なお、大子線のここより若番側は途中から275kVの阿武隈線に併架されます。日立鉱山に送電していたのはこの経路ではないかと想像しているのですが。

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一目で歴史ある鉄塔ではないかと言うのがわかる常陸太田線6号鉄塔。

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鉄塔番号札によると昭和17年12月建設とのこと。大戦中の鉄塔が残っているのはなかなか珍しい事です。急ごしらえ感がありありと伺えますね。昭和17年と言えば、東京電力の前身である関東配電が設立されたばかりの頃です。この形の鉄塔は、常陸太田線ではかなりの基数が現存していました。


当時、町屋発電所で発電された電気を25,000Vに昇圧する変電所の建物が登録有形文化財として保存されています。昭和31年まで実際に使用されていたそうです。今は集会場として使用されているようです。
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因みに屋根の上に人が居るのは、年末年始に電飾されていたものを撤去する作業の為です。

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高圧線の引き出し口です。碍子はフランス製とのことです。なお、町屋発電所はこの変電所の南東50mの里川沿いにあったらしいのですが、今ではその面影を見ることはできません。

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常陸太田線38号鉄塔と若番側

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常陸太田線42号鉄塔=久慈線35号鉄塔では、北から来る常陸太田線と南から来る久慈線が共にほぼ直角に折れ曲がり常陸太田変電所に行きます。里川沿いの水力発電の電気は地産地消なようで、水戸方面には直接は行っていないのですね。なお、元々久慈線はそのまま北に延びていたようで、常陸太田線と言う名前は最近付けられたようです。

ここからは久慈線を辿って行くことにします。

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久慈線にも同形の旧式鉄塔が現存しています。

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建設も同じ昭和17年12月。この形の鉄塔の高さはすべて20mのようです。使われている鉄骨もかなり腐食が進行していて、強度もあまり無いみたいです。トラスの鉄骨をちょっと強く押すとたわみます。

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東海原子力線21号鉄塔と交差する久慈線。

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久慈線は常陸大宮線5号鉄塔から分岐しています。常陸大宮線のここより老番側もかなり歴史ある路線のようです。

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常陸大宮線3号鉄塔から老番側。

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茨城変電所の傍に立つ常陸大宮線1号鉄塔。

茨城変電所には「架空送電線保守技能訓練所」と言うものが併設されています。
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色々な碍子が並んでいます。

ここから先は「大洗線」となって水戸方面に向かいます。その追跡はまた次回。

お約束の温泉はまだ入った事のないひたちなか市営のホテルニュー白亜紀。
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ここのホテルの日帰り入浴は、昼の部が10時より15時30分まで。夜の部が18時より20時までとなっています。18時15分前頃に到着すると、時間を待っている人が20人程いました。お湯はヌルヌル感のあるナトリウム塩化物泉。かなり混んでいました。昼に来ると眺めが良さそうです。

(続く)
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潔癖症?

土日は、きぬの湯、とっぷさんて大洋と連荘で温泉でした。

きぬの湯の帰り道はほとんど吹雪の状態で、道も良く見えない状態でした。私は雪道は走らないので冬でもスタッドレスタイヤには変えないのですが、万が一を考えてオールテレーンタイヤにしています。スタッドレスには敵いませんがこの日程度の雪なら特に問題はありません。でも、行きの空模様ではこんなに降るとは思いませんでした。

とっぷさんて大洋は、昨年の4月にホットパーク鉾田の管理組織と合併し、料金などの設定がホットパーク鉾田と同じになりました(=値下げ)。尤も私はいつも夜に行く派なので、合併後も変わらないのですが。特筆すべきはレストランの営業時間も20時30分まで(LO20:00)になったことですね。これからは晩飯もここで食べて来るという使い方もできそうです。帰りの道は一部凍結していてちょっと危なかったです。

最近、公衆浴場の洗い場に「歯磨き禁止」と書いてある事が良くあります。私は子供の頃には自分の家でも風呂場では歯磨きはしませんでした。しかし、働くようになってから良く利用したカプセルホテルの浴室内に、ナイロンタオルや髭剃りと一緒に歯ブラシが用意されていて「風呂で歯磨きする派」になりました(もちろん湯船の中で磨くことはしません)。今でも近所の湯ーワールドには歯ブラシが浴場に置いてあります。なので今までは洗い場で歯磨きをすることに何のためらいも感じていなかったのですが、こういう注意書きを目にするようになったので世間一般ではどう思われているのかネット検索してみました。

「風呂での歯磨きどう思いますか?」などの質問に対して、おおむね5割くらいが歯磨き否定派のようです。私は別に口を漱いで出したものをそのままにする訳でなくちゃんと流して綺麗にするのですけど、何を汚く思うのかちょとわからないんですね。使った場所を泡だらけのままとか、洗面器に使ったお湯を入れっぱなしで立ち去る人の方がよっぽど私は不快なんですけどね。それと躾のできてない子供は入場禁止にして欲しいんですけど…。

「湯船で顔を洗わないで」というのも見かけます。さすがに洗面所でジャブジャブ洗うように派手にはしませんが、濡れた手で顔を2・3回ごしごしやることはあります。これも周りからは不快に思われていたんでしょうね、たぶん。

こういう不快感を感じるものごとって、結構個人差があると思います。ちょっと前の事ですが、とんでもない常識の持ち主がトピックスを立てることで有名な「発言小町」で「ラーメンを音を立ててすすっていたら彼女にマナーが悪いと怒られました」というのがありました。7割くらいは「音を立てても良い」という回答でしたが、「不快に思います」という回答も意外と多いのに驚きました。

昔から銭湯やサウナに通っていた人は多分風呂場での歯磨きには抵抗が無いんじゃないかと思います。最近、あちこちに公衆浴場が増えてくると、あまりこういう世界(銭湯、サウナ)を知らなかった人(家の風呂しか入った事が無い人)が新たに公衆浴場の客になった事が、最近とやかく言われるようになった訳だと思うのですがどうでしょうか?

マナーと言うのは多くの人(厳密に何%とは言えませんが)が認めてこそマナーです。可否の意見が拮抗する様な事はあまり口うるさく言って欲しくないように思うんですけどね。行く先々がみんな九州地方の公衆浴場みたいにうるさく言われるようになるのだけは勘弁して欲しいな。
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伊豆半島猪鍋ツアー

スキューバダイビングを楽しむには認定証(ライセンスではないのだが一般にはライセンスと呼ばれている)を取得する必要があります。普通はダイビングショップなどに通って認定してもらいますが、私が取得した頃は最低4日間必要でした。学科講習と学科試験が1日、プール講習が1日、海洋実習が2日です。今はビデオを事前に渡されて「自習」をすることで、学科講習とプール実習が1日で終えられるみたいですので、最低3日のようですね(連続3日でなくても良い)。目出度く認定証がもらえればスクーバダイバーとして大抵の海は潜らせてもらえる(講習ではない自由なダイビング=ファンダイビングと言います)ようになりますが、その後どのようなスタイルで潜って行くかで大体二通りに分かれます。
1つ目が、認定証を発行してもらったダイビングショップが主催するダイビングツアー(ショップツアー)に参加するもの。もう1つは仲間と一緒に自分で旅行を企画し、現地のダイビングショップのファンダイビングを自分で申し込むもの。前者の形態を良く「ショップダイバー」などと呼びます(⇔セルフダイバー?)。

私は横浜のダイビングショップで認定証(Cカード)を取得してから長らくショップダイバーでした。ショップツアーの良いところは、自分で運転や予約などの面倒な事が一切不要で、また、自分のスキルを熟知しているインストラクターが同行するので安心感がある、他のツアー参加者など多くの人と交流を持てる、などでしょうか。デメリットは、料金が高い、団体行動なので自由度が無い、どちらかと言うと初心者に主眼を置いたツアーが多い、などでしょう。多くの人は最初はショップのツアーに参加していますが、慣れてくるに従ってだんだんとショップダイバーを卒業していく人が多いです(人付き合いが楽しくてずっとショップダイバーの人も居ますけどね)。

で、やっと長い前置きを経てタイトルの内容に入るのですが、私がCカードを取った店のツアーで「伊豆半島猪鍋ツアー」というものがありました。伊豆半島でダイビングをした後、伊豆名物の猪鍋を突いて帰って来るというものです。このツアーは結構気に入っていて私は何回か参加していました。しかし、ショップダイバーを卒業してセルフで潜るようになると、あまりこういう企画はしませんでした。先日、ふと当時の事を思い出すと、無性に猪鍋が食べたくなってしまいました…。てな訳で、当時のツアーの再現をセルフでやってみることにしました。

ダイビング→温泉→猪鍋というコースで考えます。猪鍋は天城の周辺がメインですので、東伊豆よりは西伊豆です。となればもう行きつけの田子しかないでしょう。いつものように前日夜に家を出て、現地の駐車場で車中泊することにします。22時を過ぎると高速料金がETCで半額になりますので、夜に出るメリットは大きいです。途中買い物したりガソリンを給油したりで、伊豆に向けて走り始めたのは0時頃でした。現地には3時半に到着。すぐにシュラフに潜り込みます。気持ちよく寝ていたら朝の6時に一斉放送のけたたましい音楽で叩き起こされました(笑)

土曜日は雲一つない晴天です。心配していた西風もほとんど無く、外海にも出れそうです。
CIMG0417.jpg
これがポイントまで行くボートです。今日は他のお客さんはショップツアーの人が4人だけ。しかも時間が微妙にずれているので、このボートは私の貸切でした。

海の中は透明度10~15m。水温15度。すっかり海の中も冷たくなりました。以下に掲載する水中写真は、ガイドさんが撮影したもの頂戴しました。私が撮影したものではありません

DSCF4394.jpg
クマノミです。これは今年生まれた個体みたいです。クマノミは「死滅回遊魚」なので、冬になって水温が下がると大部分が死んでしまいます。最近は越冬しているクマノミもちらほら見かけますが、このクマノミは果たしてこの冬を越せるでしょうか。

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でかいヒラメですね。普通ヒラメは砂地に居るのですが、岩の上に鎮座しているのは珍しいかも。

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ソウシカエルアンコウです。岩に同化してますね。私は昔に魚の名前を覚えたクチなので、どうしてもソウシイザリウオと呼んでしまいます。「いざる」という言葉が差別用語に該当するため、何年か前に「メクラウナギ」とか「バカジャコ」などと一緒に改名されたんですね。因みに、いざるというのは足の不自由な人が這って進むことみたいです。

ダイビングの後は冷えた体を温泉で温めます。あちこちに良い温泉がありますが、まだ入ったことのない道の駅花の三聖苑伊豆松崎の「かじかの湯」に。
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料金は500円。お湯は単純泉の無色透明。風呂はそれほど大きくありませんが、内湯と露天風呂があります。道の駅の駐車場は普通車85台駐車可能なまあまあの広さ。前の道の交通量も夜はそれほど多くないので車中泊に向いていそうです。

ちょうど温泉を出て堂ヶ島を通り過ぎる頃に、日が落ちて空が真っ赤に染まる時刻になりました。
DSC_3804.jpg
三四郎岩のシルエットの上に月齢4の月が輝いています。

さぁいよいよ猪鍋です。入った店は国道414号線沿いの「ささの」。猪鍋は1800円とお高めですが、正真正銘の野生の猪を使っています(最近は輸入物も多い)。まず出されたのが猪のレバー。
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レモンを効かせたタレで臭みもなく。

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今回の主役「猪鍋」です。「野生の猪なので良く煮てから食べてください」とのこと。肉はすごく甘みがあっておいしかったです。満足…

風呂に入ってお腹も満腹となれば襲ってくるのが睡魔。御殿場あたりまではなんとか耐えましたがギブアップ。鮎沢PAで寝てきました。

P.S.
船原峠付近で結構大きな事故に遭遇しました。事故現場は通行止めで、旧道を通らされました。
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新春星見風呂

今年の年末年始は何処にも旅行に行かず、年始は実家で寝正月。実家で正月を過ごしたのはもしかしたら10年振りくらいかも知れません。

今日は晩御飯を食べに外に出て、帰りに空を見るとすごく良く星が見えました。そこで、急遽家に入浴道具を取りに戻り、やさと温泉ゆりの里に行ってきました。

受付でお年賀を貰いました。今年の干支、卯の石鹸です。

DSC_3795.jpg

目や耳のシールは自分で貼ります。屏風や毛氈付属です。なかなかかわいらしいですね。

卯年という事なので露天風呂でうさぎ座を眺めながら入りました。うさぎ座は結構マイナーなので、あまり知っている人はいないと思いますが、オリオン座のすぐ下にあります。

Lepus.jpg
実際の星座を見ても兎を想像できる人はいないと思います(笑)オリオン座との位置関係を覚えれば忘れない星座です。今年の年賀状のデザインに星座を使おうかとも思いましたが、地味なのでやめました。

今日はすごく風が強くて、空は大変にクリアです。運良く眺めが良い万葉の湯が男湯でした。風呂の中からでも3等星が楽勝で見えます。それに「頭寒足熱」でちょうどいい感じ。湯温も外の寒さでぬるくならないように調整されています。

これを書いていて、十二支の中で星座になっているのってどのくらいあるだろうかと思い書き出してみると…

子 … ×
丑 … おうし座
寅 … ×
卯 … うさぎ座
辰 … りゅう座
巳 … へび座
午 … こうま座
未 … おひつじ座
申 … ×
酉 … 白鳥座、わし座、つる座等多数
戌 … おおいぬ座、こいぬ座
亥 … ×

猿に関する星座が無いのは結構不思議ですね。

今年も、相変わらず温泉、車中泊、鉄塔、天体、ダイビング…とやっていきたいと思います。
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プロフィール

夜行虫

Author:夜行虫
夜行虫とは天体撮影等、夜に出歩くのが多いことから名づけました。夜光虫の誤変換ではありません。海に潜ったり温泉浸かったりも趣味です。

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