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鹿角平


福島県鮫川村の鹿角平(かのつのだいら)に天体写真撮影に行ってきました。

2泊3日の行程で、1日目は常陸大宮の花立公園で。震災後、北の方に撮影に行くのは初めてです。知り合いの情報では、山の上の高いところでは放射線量が高いいわゆるホットスポットになっている事がある、という事だったので、線量計を持参しました。

花立公園には夜の7時過ぎに到着しました。早速線量を測定してみます。高い所でも0.14μSvくらいでした。年間に換算すると1mSvを超えますが、一晩過ごすくらいでは全く問題なしです。

最近、南半球でラブジョイ彗星がものすごい事になっていましたが、残念ながら北半球では見ることができません。比較的明るいギャラッド彗星は明け方にならないと昇って来ません。その他の彗星は10等以下の暗いものばかり。てなわけで久しぶりに散光雲を対象にしてみます。

horsehead.jpg

有名な馬頭星雲です。オリオン座の三ツ星の一番左、アルニタクの周囲に広がります。この写真ではアルニタクのゴーストが出てしまいましたね。CCDに付着しているゴミも目立っています(今回はフラット画像を撮りませんでした)。

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C/2010 G2 Hill彗星です。ST-2000XMでの撮影です。11月に撮影した時に比べてずいぶん小さくなりました。CCD表面に着いた霜がまだ完全に消えていませんでした。だいぶ汚れてきてもいるようなので、近々掃除しないといけませんね。

日付が変わってからは薄雲が広がりだしたため、早めに就寝です。これでバッテリーの節約にもなりました。

2日目には鹿角平に移動しますが、途中、湯遊ランドはなわに寄って、コンセントを借りてバッテリーの充電をしました。冬は撮影時間が長く取れるので、どうしてもバッテリーの減りが多くなってしまいます。夏なら充電なしでも二晩は余裕ですが、冬はかなりきついです。なお、湯遊ランドはなわのお風呂は、現在は地震の影響で水道水を使用しているそうです。

鹿角平の撮影場所は、鹿角平観光牧場内の道路です。
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ここは過去1回使ったことがあります。場所がそれほど広くないのが難点ですが周囲が開けているので、広角レンズで星野写真を撮影するのにも使える場所です。最近はいわき勿来インターからの国道に新しくトンネルが開通し、かなり行きやすくなっています。

まず、売店の駐車場で放射線量を測ってみますと・・・
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なんと1μSvを超えました。結構高いです。でも撮影場所の路上は0.15μSvくらいでした。

機材のセッティングをして冷却CCDの冷却を開始しますが、冷却を開始する前からすでに-5℃を指しています。ここは標高が700m位あるのですごく寒いです。風がそれほど強くないのでまだ我慢できる状態ですが、外に出していた水などはすべて凍りました。夜中には-7~8℃近くまで下がったのではないでしょうか。
この夜は割と雲が多めで、あまり撮影できませんでした。

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78Pゲーレルス彗星を撮影しました。Astrometricaで測定した核光度は14.2等。

この日も日付が変わってから雲が多くなり、機材を片付けて車中泊です。この寒さでもナンガのオーロラ750DXは十分の保温性能を発揮して、快適に眠れました。さすがはダウンシュラフです。

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牧場の最も標高の高い所から見た日光や那須の山々です。手前の送電線は、福島幹線と福島東幹線です。

来年は災害の無い穏やかな年になってほしいですね。

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エジプト旅行記(2) ピラミッドその1

今回はギザのピラミッドについて書きます。

ギザ台地の3大ピラミッドは、意外と街の近くにあります。ピラミッドは台地の上に建っていますが、そのすぐ下まで街が広がっています。道路から眺めると、その大きさに威圧される感じがします。
3大ピラミッドは、北東から南西に並んでいて、北東からクフ王、カフラー王、メンカウラー王がそれぞれ建設したピラミッドの順で並んでいます。建設された時代も、クフ王が一番古く、カフラー、メンカウラーの順に新しくなります。


大きな地図で見る


これらのピラミッドが建設された時代は、エジプトの年代では古王国時代と呼ばれていて、紀元前2686~前2181年とされています。大きさはクフ王のピラミッドが一番大きくて、元々147mの高さがあったそうです。

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上の写真はクフ王のピラミッドです。鹿喰医師四角い石は石灰岩で、すぐ近くの石切り場から運ばれたものと言われています。エジプトの西に広がるサハラ砂漠も、白くさらさらの石灰岩に由来する砂であることが多くあります。

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石はこんな感じに積み上げられています。1個の石はおよそ80cm~1m位でしょうか。

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左がクフ王のピラミッド。右奥がカフラー王のピラミッドになります。カフラー王のピラミッドは、高さがクフ王のものより低いのですが、クフ王より高い場所に建っているため、遠くから見るとクフ王のものより高いように錯覚します。

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クフ王のピラミッドの入り口です。写真中央付近のブロックが取り除かれている部分です。この入口は、ピラミッドの中の調査がなされてから発見されたもので、アル・マムーンと言う人が無理やり穴を空けて最初に入った入口が、ちょうど人がたむろしている付近にあります。そこから中に掘り進んでいて、たまたま正式な入口から下に向かう通路にぶち当たったそうです。今の観光客もアル・マムーンが開けた入り口から中に入ることになっています。

クフ王のピラミッドは観光客の人気が高く、見学するためには朝早くから並ばないといけません。人数制限もあります。私が見学した時はちょうど同時多発テロの後で、観光客が少なかったためそれほど苦労せず見学できました。ではクフ王のピラミッドの中を見てみましょう。

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入り口から入ってすぐはこんな具合です。無理やり穴を空けた通路なので、壁がでこぼこしています。

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しばらくはこんな狭いシャフトを登らされます。

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更に奥に進むと、大回廊と言われるところに出ます。頭上の空間がとても広く、花崗岩でできた壁が、上に行くほど狭められている様子がわかります。持ち出し構造というそうです。

更に奥に進むと、いよいよ棺の間です。
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ストロボの光量不足で画像が暗いのですが、なにも無い部屋にからっぽで蓋の無い石棺だけが置かれています。

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石棺の様子です。これも花崗岩製です。この石棺をこれまで通ってきた通路から運び入れるのは絶対に無理です。恐らく建設途中に上から入れられたのでしょう。

さて、クフ王のピラミッドを出て、隣のカフラー王のピラミッドです。
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上の方にカバーがかかったようになっているのは、化粧石と言われる花崗岩の石です。本当は化粧石がピラミッドの全体を覆っていたと言われています。なので、当時は今のように段々ではなく、ツルツルの四角錘だったようです。

カフラー王のピラミッドから少し東に行った場所にスフィンクスが建っています。
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スフィンクスは胴体がライオンで頭が人間と言う格好になっています。

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この写真を見るとわかるのですが、スフィンクスは石を積んで作られたものではなく、丘を削って造られたものです。ピラミッドも同じように丘を利用して建設された形跡があるようです。最近では、スフィンクスの方が周囲のピラミッドより建設された時代が古いのではないかと言われています。

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スフィンクスの前足の間に、夢の碑文といわれているものが置かれています。これは新王国時代(B.C.1570~B.C.1070)のファラオ、トトメス4世が置いたものです。当時は、スフィンクスは砂に埋もれた状態でした。ある日、トトメス4世の夢の中にスフィンクスが現れ、「私を掘り出してくれたら王にしてやる」と告げたそうです。その通りにして私は王になれた、という事がその碑文には書かれています。

最後は、3つのピラミッドのなかで一番小さい、メンカウラー王のピラミッドです。
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玄室からは遺体の一部が1837年に発見されたそうなのですが、イギリスへ運ぶ途中に船が沈没して、詳しい事は何も解っていません。

以上、ギザの3大ピラミッドの紹介でした。

次回はこれ以外のピラミッドについて書いてみます。

P.S.
私が訪問した時は、今ほど写真撮影の規制が厳しくなく、カメラチケットを買えば撮影可能な制度でした。
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神奈川県のダムカード


実家の横浜に帰った際、ドライブを兼ねて神奈川県のダムカード収集をしてきました。

神奈川県でダムカードが発行されているダムは5か所。三保ダム、宮ヶ瀬ダム、石小屋ダム、津久井ダム、相模ダムです。宮ヶ瀬ダムと石小屋ダムが国交省の管轄で、それ以外は神奈川県の管轄になるようです。

まず向かったのは三保ダム。

三保ダムは酒匂川水系に作られたダムです。所在地は山北町。せき止められた湖は丹沢湖と言います。ダムカードは丹沢湖記念館というところで配布しています。
三保
三保ダムはロックフィルダムの非常にきれいなダムです。

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地震の被害を受けないようにするため、ダムの斜面がなだらかに作られているそうです。そのため、遠くから見るとまるで丘のよう。

三保と言う名前は、沈んでしまった村の名前だそうです。
そこには落合発電所と言う水力発電所があったそうなのですが、水没するため高い場所に移されました。昔の発電所で使用していた水車が、丹沢湖記念館に保存されていました。
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大正8年に運転開始で、昭和52年9月1日まで60年間発電していたそうです。8,300kWとのこと。

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現在の落合発電所からは、落合線と言う1回線の送電線が伸びています。写真はその3号鉄塔と2号鉄塔(奥)。新しい落合発電所の完成に合わせて立てられたようですが、昔のルートはどうだったんでしょうね。

続いて向かったのは城山ダム。せき止められた湖は津久井湖と呼ばれています。ダムカードは津久井湖記念館と言うところで配布しています。
城山
重力式の多目的ダムです。ダムの天端には国道413号線が通っています。このダムのゲートはクレストラジアルゲートと言うんだそうですが、戦艦大和を建造した呉の造船所で作られて、運ばれてきたそうです。

続いて向かったのは宮ヶ瀬ダム。宮ヶ瀬ダムは2001年に完成した比較的新しいダムです。横浜に住んでいた頃に行ったキャンプ場も今はここの湖底に沈みました。宮ケ瀬湖にかかる虹の大橋は湖面からの高さがかなりあり、投身自殺の名所です。肝試しに来る人も多いとか。
宮ヶ瀬
ダムカードは宮ケ瀬ダム水とエネルギー館の受付でもらえます。「ご自由にお取りください」みたいな感じで取って行けるようになっています(一人一枚でと書いてありますが)。ダムカードはオークションで500円くらいで取引されていたりするのに、こんなんで大丈夫でしょうか。しかも、宮ケ瀬ダムの下流には石小屋ダムという小さなダムがあるのですが、そこのダムカードもここでもらえるというおいしさです。因みに、古い資料だとダム管理事務所で配布していると書いてありますが、管理事務所に行っても貰えません(経験者語る)。なお、このカードはver1.1となっています。1.0と何が違うのか探してみましたが、ダムの種類(アーチ式とか重力式とか)の記号の背景が白抜きになったこと、ランダム情報、こだわり技術の領域の背景色が薄いグレーになったこと、でしょうか。

宮ケ瀬ダムには、インクラインという、建設時の保守用のケーブルカーがそのまま残されていて、一般の人も乗ることができます。往復で400円、片道300円。
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こんな感じの斜面を約4分ほどで昇降します。
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こんな感じの乗り物です。

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下から見上げたダムの堤体です。重力式の立派なダムです。

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ダムのすぐ下にある、24,000kWの愛川第1発電所。

石小屋ダムは、宮ケ瀬ダムの800mほど下流にある小さなダムです。
DSC_6002.jpg

先ほど書きましたたが、このダムのダムカードは、水とエネルギー館で貰えます。
石小屋
Ver.1.0となっているのですが、特徴はVer1.1と同じです。

宮ケ瀬ダムでは、12月になると大きなクリスマスツリーが立てられ、イルミネーションで飾られます。ジャンボツリーの発祥の地なのだとか。それを見に来た人たちで付近の道路は大渋滞です。

最後に向かったのは相模ダムです。相模ダムは、1947年に完成の割と古めのダムになります。小中学生の頃は、遠足でよく行ったもんです。東京オリンピックの時は、カヌー競技の会場として使われたそうです。

ダムカードは相模湖記念館と言うところで配布しています。宮ケ瀬クリスマスの渋滞のお蔭で、到着がかなり遅くなってしまいましたが、ここは21時30分まで開いているそうで、助かりました。
相模

昔、相模湖ピクニックランドと言っていたプレジャーランドが、プレジャーフォレストという名前に変わっていました。ここも宮ケ瀬クリスマスに対抗して、「相模湖イルミリオン」というのをやってます。300万球というのは関東最大級だとか。一見の価値ありかも知れませんが、もともとアクセス道路も、駐車場キャパシティーも足りない場所ですので、休日は避けた方が賢明です。

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皆既月食

10日から11日にかけて皆既月食がありました。

実のところ、撮影に行く予定にはしていなかったのですが、天気が良いので急遽出かけてきました。

いつも持っていく機材は月の撮影には向いていないので、出かける直前に適当なものを急いでチョイスします。
BORG 60EDに×1.4テレコンバータを装着して使います。久々に使う鏡筒なので、セッティングに手間取りまして、撮影場所に着く頃には本影食が始まっていました。

月の左側から欠けていきます。今回の月食は、地球の影の下半分を通過するので、左上から右下に向かって欠けていくように見えます。
ME1.jpg
この写真は、月面の明るい部分に露出を合わせています。

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だいぶ欠けてきました。欠けている部分はこの写真のように赤っぽい色になって見えます。これは地球の大気で赤い光が散乱されて、影の方に回り込むためです。月食が起こっている時の大気の澄み具合で色の明るさが変わるそうです。大気が澄んでいる時はオレンジっぽく、濁っている時は黒っぽく見えるんだそうです。

ME3.jpg
皆既食直前の様子。日食でしたらこの辺りでダイアモンドリングが見える頃です。

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完全に地球の影の中に入りました。今年はかなり明るい赤色のようです。まるで火星の写真を見ているようですね。

ME5.jpg
影の境界を良く見ると、明るさが2段階に変わっているのがわかります。

ME5E.jpg
上の写真を拡大してみた様子。1段薄い影は地球の大気を通過してきた影です。

ME6.jpg
まだ半影から抜けていませんが、今回の月食は最後まで楽しめました。

3moon.jpg
最大食の時刻とその前後1時間の月を重ねてみました。背景を固定して月が動いていく様子を表しています。露出時間が一定でないのが残念なところ。


ところで、月食の際に月から地球を見るとどんなふうに見えるのでしょうか。
Guide8を使ってシミュレートしてみました。
earthview.png
オレンジ色が太陽です。やはり地球はずいぶんと大きな存在なんですね。

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原発が止まってどのくらい燃料代が増えたのか

金融日記などでは、「原発が止まって燃料輸入が増えて大変だ!」というキャンペーンをやっている。
また、先日は、新聞各社が10月の貿易統計を引き合いに出し、「火力発電による燃料輸入が増えたため、10月は前年同月比で17.9%も輸入が増加した」などと書いている。

これらは本当なのだろうか。

数字自体に間違いはない。輸入金額が増加しているのは確かである。また、石油関連の伸び率が高いのも確かである。だがそれで「原発が止まって輸入が増えたため」と単純に判断しても良いものだろうか?

ここで完全に抜け落ちている点は、原油やLNGの価格が上昇しているという点である。原油価格は、前年比で円換算で30%強の価格上昇がある。輸入金額が増えたからと言って、単純に火力発電の消費が増加したためと片づけるのは、原発再稼働に向けて世論を誘導していると勘ぐられても仕方ない。

石油連盟が出している「原油・石油製品輸入金額」というデータがある。
まず、重油であるが、各年の上半期のC重油における輸入数量を抽出して比べてみると
平成20年度上期   1,899
平成21年度上期    686
平成22年度上期    863
平成23年度上期   1,631
(単位千kl)
どうも各年の変動が大きく、単純に火力発電での使用量が増えただけとも言えそうもないが、22年からの差分とおおよそ7万円/klの単価から計算すると、537億円の増加という事になる。

石炭に至っては、輸入量は増加するどころか減少している。恐らく、製鉄業で使用する石炭が減ったためと思われる。そのため、今回の分析からは割愛する。

次にLNGの輸入を見てみる。恐らく、これが最も火力発電での使用増加量を表していると思われる。
平成20年度上期   34,249
平成21年度上期   31,152
平成22年度上期   33,975
平成23年度上期   38,933
(単位千t)
23年度上期は前年同期に比べて15%程輸入量が増えている。多少強引だが、この増加分はすべて火力発電に回ったと考えてみる。平成22年上期におけるLNGの単価は51,100円/tであった。価格上昇分を除去するため、22年の単価で輸入増加分の費用を計算すると2,530億円となる。23年の単価で計算すると3,000億円程度になる。これが原発を止めてその分を火力発電で補ったために増加した燃料費である。仮に下期も同じ金額で、C重油の増加分もすべて火力に回ったとすれば、およそ年間7,000億円程度である。御存じのとおり、震災後の原発稼働率は20%程度を推移していた(震災前は70%程度)。この20%をすべて止めても、年間4兆円の費用増とかいう数字は見えてこない気がするのである。

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エジプト旅行記(1)

最近はネタ切れの感もあり、過去ネタなど漁ってみようというさもしい思い付きであります。

2001年と2002年にエジプトを旅した時の旅行記です。

気が付けばもう10年も前になってしまいました。すでに記憶は風化しかけていますが、本人の備忘録を兼ねてまとめてみようと思った次第です。

私が最初にエジプトに足を踏み入れたのは、2001年9月末のことです。ちょうど同時多発テロが起こった月でもあります。中東地方は不穏な感じで、旅行を決行するかどうか迷ったのですが、意を決して行ってしまいました。当時、日本から出ているエジプト行きの便は、エジプト航空が運航する成田~カイロ便か、関空~カイロの直行便でした。成田~カイロ便は、途中マニラやバンコクなどを経由するため、ずいぶん時間がかかりました。現在は、エジプト情勢が不安定なため、日本からエジプトの間を直接結んでいる航空会社は無くなってしまったようです。

エジプト航空の飛行機ですが、
10020013.jpg
写真は国内線の機体ですが、垂直尾翼にはハヤブサの頭を持つホルス神が描かれています。残念ですが、お世辞にも機内食は美味しいとは言えませんでした。イスラムではお酒はご法度ですので、お酒のサービスもありません。もちろん、豚肉の料理も提供されないのは言うまでもありません(お酒は持ち込みは可能でした)。

エジプトの玄関はカイロです。なので、到着後大抵はそのままカイロ観光に突入することになります。エジプト考古学博物館とピラミッドにはまず行くことになると思います。

09300002.jpg
エジプト考古学博物館の正面玄関になります。

中の展示品は膨大な数に及びます。とてもここでは紹介しきれませんので、超有名なものだけかいつまんで紹介しましょう。

09300047.jpg
はい。超有名なツタンカーメンの黄金のマスクです。

12290044.jpg
その後側には、こんな風にヒエログリフ(象形文字)が彫られているんですね。

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ツタンカーメンの体に香油を塗る妃のアンケセナーメン。
ツタンカーメンを正確に発音すると、トゥト・アンク・アメンというふうになります。これを早口で言うとツタンカーメン。最後のアメンというのはアメンという神様の事です。それは彼がアメン神を崇拝していた証拠なのですが、実はかれは一度崇拝する神様を途中で変えています。最初に崇拝していた神様が、この絵の二人の頭の上に描かれている、円盤からたくさんの手が伸びているような神様=アテン神です。この絵は、ツタンカーメンがまだアテン神を崇拝していた頃に作られたもののようです。その頃の名前はトゥト・アンク・アテンですから、さしずめツタンカーテンと呼んだら良いでしょうか。

12290081.jpg
こちらは、ギザ大地にそびえる3大ピラミッドの制作者の一人、クフ王の像です。あれだけ巨大なピラミッドを建設しておきながら、その本人の像はこれだけしか発見されていないんです。

12290012.jpg
同じく3大ピラミッドの建設者の一人、メンカウラーの像。二人の女神が両脇に並んでいますが、特に向かって左側はハトホル女神という有名な女神です。足元のヒエログリフには、「ハトホル女神に愛されしメンカウラー王」のような意味の事が記されています。

まだまだ出したい展示品はたくさんありますが、きりがないのでこの辺で。この博物館は1日まわっても見切れないほどの展示物の量があります。

次回はギザのピラミッドを訪れた時のことを書いてみたいと思います。
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プロフィール

夜行虫

Author:夜行虫
夜行虫とは天体撮影等、夜に出歩くのが多いことから名づけました。夜光虫の誤変換ではありません。海に潜ったり温泉浸かったりも趣味です。

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