FC2ブログ

歴史ある送電線路を巡る旅(6) 谷和原線~水海道線

「夏だ! 休みだ! 鉄塔だ!」というのは「鉄塔 武蔵野線」に出てくる小学生らの話。実際、夏の鉄塔追跡はかなりしんどいです。なんと言っても暑い。草は覆い茂ってるし、蚊にも刺される。水田には水が張られて鉄塔の足元に行けない等など。鉄塔追跡は冬に限ります(関東の場合)。

さて、シリーズを始めるきっかけとなったマップですが、
map1923.jpg
こちらは大正12年の送電系統図です。元データは「東京電灯株式会社開業五十年史(1936)」だそうです。東京電灯系列の会社の系統が描かれています。ここで、図のほぼ中央の「大相模」という変電所から茨城県の方へ一直線に伸びている線に注目しています。

map1929.jpg
昭和4年3月の図です。元データは東京通信局「第6回管内電気事業要覧(1929)」というものだそうです。先ほどの図では一直線だったものが多少正確に描かれているようです。最初の地図で「大相模」という名前になっていた変電所は「越谷」に変っているみたいですが、恐らく現在も存在する東京電力越谷制御所だと思われます。ここから東に延びて土浦まで至る送電線ですが、現在の呼称で言うと、吉川線~水海道線~谷和原線~小野川線となります。現在該当する箇所に送電線が存在しない所もいくつかあります。

今回、小野川線から谷和原線、水海道線の途中までを取り上げます。

小野川線については以前取り上げていますので省略します。この小野川線が常総変電所に繋がる少し手前で、鉄塔2本分だけ154kVの湖西線に併架されます。

_DSC6061.jpg
左から右に真っ直ぐ走っているのは湖西線です。下段でかなりの急角度で曲がっているのが小野川線。

土浦s
昭和4年修正測図の陸地測量部の地形図「土浦」を見てみますと、○Aの場所がこの鉄塔の位置になります。湖西線はまだ建設されていませんので出ていませんが、昔の送電線は今の小野川線のように曲がらずにそのまままっすぐ伸びていたようです。A~Bの間には現存する送電線はありません。地図上のBの地点には現在66kV谷和原線から岩井線が分離する鉄塔が立っています。ここから西側はどうやら昔の送電線に沿って伸びているようです。

_DSC6077.jpg
左側の6回線鉄塔がBの地点だと思われます。

_DSC6093.jpg
谷和原線19号鉄塔で筑波南線が分岐します。

_DSC6105.jpg
小貝川を越えて行きます。

_DSC6109.jpg
谷和原線は小貝川を超えるとすぐ水海道変電所に収容されます。

_DSC6115.jpg
水海道変電所には谷和原線の他、水海道線と出口線(水海道線に併架)が繋がっています。左の鉄塔は水海道線119号鉄塔。右は出口線1号鉄塔。出口線はこの後水海道線の下段に併架されていきます。

今回はあまり時間が無かったのでここから利根川の間を飛ばしました。

_DSC6128.jpg
91号鉄塔から老番側。

_DSC6144.jpg
89号鉄塔は下駄を履いています。

_DSC6153.jpg

_DSC6169.jpg
32号鉄塔と33号鉄塔は、500kVの新京葉線の下をくぐる為にこのようになっています。

今回はここまで。この後、きぬの湯に入って帰宅しました。
_DSC6176.jpg
夕暮れの積乱雲と新京葉線鉄塔。

途中、いつも常磐道を走っている時に見かける強力な光害の発生源の近くを通ったので、正体を見てやろうと光の方向に向かいました。光害の発生源はコイツでした。
_DSC6186.jpg
常総運動公園の照明塔です。野球場の照明設備のようですがむちゃくちゃ明るい。

地元つくばにも新しい総合運動公園を作る計画があるようですが、8月にその是非を問う住民投票が行われることになりました。上の写真のようになるのが判り切っていますので、私はもちろん反対票を投じる予定です。(すでにウェルネスパークの照明塔で十分迷惑している)


スポンサーサイト



line
line

comment

管理者にだけ表示を許可する

line
line

line
プロフィール

夜行虫

Author:夜行虫
夜行虫とは天体撮影等、夜に出歩くのが多いことから名づけました。夜光虫の誤変換ではありません。海に潜ったり温泉浸かったりも趣味です。

line
最近の記事
line
最近のコメント
line
最近のトラックバック
line
月別アーカイブ
line
カテゴリー
line
ブログ内検索
line
RSSフィード
line
リンク
line
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

line
sub_line