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四国一周の旅 Part IV

Part IIIからの続きです。

元日の夜は道の駅すくもサニーサイドパークで過ごすことにしました。
普通、こういう郊外の道の駅のレストランは17時とかで終わってしまうことが多いのですが、ここにあったお好み焼き屋は20時まで営業していました(元日なのに!)。最初は電気炊飯器でご飯を炊いて自炊しようと思っていましたが、吸い寄せられるように赤ちょうちんのある店の方へ…。「もくもく屋」という名前のお店で、お好み焼きは自分で焼くお店ですが、自信の無い私は店の方で焼いてもらうことに。これまで控えていましたが、生ビールも注文してしまいました。

翌朝…
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この日も良い天気です。道の駅茶屋という遍路さんのための休憩施設です。

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2階はこんな風になっていて、夜は寝ても大丈夫かもしれません。

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茶屋2階から見た道の駅の駐車場。

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同じくそこから見た宿毛湾。

駐車場の隅っこの方に駐車していましたので、ルール違反ではありますが、朝食に餅を焼いて雑煮を作ることにしました。コールマンに餅焼き網をセットして餅を焼いている間につゆの方を準備しますが、なにやら焦げるにおいが。見ると餅が真っ黒に焦げているではありませんか・・・
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ちょっと失敗しましたがまぁ食べることは可能でした。具材は餅、即席だし、なると、乾燥シイタケ、三つ葉。肉は無し。私は関東の出身ですので餅は角餅でつゆはかつおだし醤油ベースです。

この日最初の目的地は愛媛県愛南町にある紫電改展示館。
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ここでは、展示館の南にある久良湾の海底で発見され、昭和53年に引き上げられた紫電改がレストアされて展示されています。レストアを行ったのは当時紫電改を製作していた川西航空機、現在の新明和工業でした。修復は最小限にとどめられ、腐食して空いた穴などはそのまま残されています。

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プロペラの先端が曲がっていますが、ほかに大きな損傷個所はありませんでした。これは衝撃が最小限になるように着水できたという事であり、操縦者の技量が高かったことが窺えます。

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主翼上面。20ミリ機銃片側2門、全4門を備え、自動空戦フラップ(主翼付け根側後方)の採用など、先進的な技術が盛り込まれていました。

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中島の誉二一型エンジン(二重星型18気筒)を採用しています。能力的には2000馬力の出力がありますが、色々な問題から1800馬力以内の運転に制限されていました。

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防弾措置が施された燃料タンク。自動消火装置というそれまでの日本の戦闘機には装備されていなかった技術が採用されています。

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引き込み脚。紫電改の前身である紫電は元々水上機の強風を陸上機に改修したものでした(紫電改の制式名は紫電二一型といいます。実際には紫電を改良したのが紫電改というより、強風をベースに紫電と紫電改がそれぞれ生まれたという方が近いようです)。

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光学式照準器

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尾翼の部分

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これは無線機のパーツですが、紫電改が強力な戦闘機として活躍できた理由の一つに、無線装置の大幅な改良が挙げられます。それまでの無線機はろくに動作しないため、パイロットが邪魔だと言って外してしまうケースもあったとか。

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消火用の二酸化炭素のボンベと酸素ボンベ

ここに展示されている機体は、第343海軍航空隊(剣部隊)に所属する戦闘301飛行隊(通称新選組)の武藤金義少尉の乗機である可能性が高いと言われています。昭和20年7月24日に呉軍港の空襲に向かう米艦載機に対し、当時長崎の大村基地にあった343空からその迎撃に全21機が飛び立ち、敵16機を撃墜するものの6機が未帰還となりました。武藤少尉はその未帰還のうちの1機でした。余談ではありますが、この時の呉軍港空襲はこうの史代の「この世界の片隅に」(2016年映画化)のワンシーンとして描かれています。主人公のすずが鷺を追いかけて機銃掃射に遭う場面です。映画化された「この世界…」は片渕須直監督のアニメ作品ですが、女性からミリタリーオタクまで満足できるすごい映画です。私は未だかつてこれほどまで細部の正確さを追及して作られた映画を他に見たことはありません。一例をあげれば、主人公の姪っ子が軍艦に詳しく、呉軍港に泊っている軍艦を指さして「あれが利根であっちが日向」みたいに主人公に説明するのですが、物語の話の設定日から実際に停泊していたかどうかも検証されているらしいです。その他、高射砲の色分けされた爆煙とか三式弾の炸裂の様子とか対空防御の喇叭吹奏等々。


動画の中で傾いて擱座している軍艦は主人公の幼馴染が乗艦している重巡洋艦青葉です。

展示館から徒歩10分ほどのところにある展望タワーに上がってみました。
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これが紫電改が沈んでいた久良湾です。

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北側の様子

その後ダムを3か所ほど回りダムカードを貰います。

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三財ダム

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須賀川ダム

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野村ダム

そしてこの日の最終目的地である佐田岬へ。佐田岬では戦時中の砲台跡が残っているそうなので、それを探索に行きます。
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県道から旧正野谷桟橋へ降りる道の入り口に立っている説明書き。砲台建設の資材陸揚げを行ったそうです。

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桟橋に向かって降りる道はこのような細い道

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途中このような民家(空き家)があり…

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その家の入口に砲台まで3分の案内板が。ここでこれまでの道から脇道に入りますが…

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その先は舗装されていない荒れた道・・・

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途中の山肌には三波川帯特有の結晶片岩(緑色片岩)が露出しています。

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砲台到着。周囲の囲いの迷彩塗装もしっかりと残っています。

この場所には1か所に2門の砲台があって、それが隣接して2か所あります。
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2門の砲台の間はこのような弾薬貯蔵庫のあるトンネルがあります。

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中の部屋です。弾薬庫か詰所のようなものだったのかも知れません。

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同じく反対側の出入り口

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上の写真の出入り口側の砲台

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最初の場所の少し北側にあるもう一つの砲台陣地

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そのもう片方の砲台

この砲台から別の道で県道に抜けられるみたいな案内が出ていました。それに従って山を少し昇りましたが、道を見失いそれ以上進むと危険と判断。元に戻り、ついでに桟橋を見に海に降りることにします。

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これが旧正野谷桟橋です。天端に空いた穴から時折波しぶきが吹き上げています

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特有な割れ方をする緑色片岩が海で削られると、こういった小判型の石になるのですね

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打ち上げられていたスナメリの子供?

見終わった後は岬の先端に向かいました。

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先端までは駐車場から徒歩になりますが、もう日も暮れてしまったのでそれはやめておきました。こちらにも砲台跡があるらしいです。

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状況が良ければここで車中泊も考えましたが、駐車場がかなり傾斜しているのでやめました。次の目的地道後温泉まで一気に行ってしまうことにしました。

20時頃に道後温泉に着きました。有料駐車場で車中泊です。
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夜の道後温泉本館。明朝入るかこの日に入ってしまうか悩みましたが、結局閉館間際の22時頃に入りました(23時閉館)。

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ライトアップされた時計台

つづく
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Author:夜行虫
夜行虫とは天体撮影等、夜に出歩くのが多いことから名づけました。夜光虫の誤変換ではありません。海に潜ったり温泉浸かったりも趣味です。

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